世界にほんの少しの彩りを、

何年経っても色褪せないような、大事な大事な一日にしよう。

「madoromi」の世界を読み解く。

 

どうもです!

 

EPCOTIAや恋愛ゲームの情報がどんどん出てきて楽しい日々ですが、皆さんいかがお過ごしですかー?

 

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「LPS」も収録されるらしいですね♡

 

 

今回は何を書くかというと、

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というメッセージをいただきまして!

 

「madoromi」の考察にトライしてみようと思います!


【必読】
芸術作品には、受け手の数だけ捉え方、解釈が生まれるものだと思っています。よって、ここから先に書くのは、素敵な芸術作品を、いち受け手が、主観100%でアレコレ言うだけの文章です。
皆様自身の受け取り方、素敵な解釈を崩してしまいたくはないので、あくまで「極めて個人的な解釈である」とご理解いただきまして、この先を読んでいただきたいです。また、自身の解釈や世界観を崩したくないとお考えの方にはUターンをオススメします。申し訳ありませんm(_ _)m

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


これだけ前置きしたから好き勝手に書いていいかな!!!!好き勝手書きますね!!!!笑

後悔しても知らないよ!!!!(?)

 


質問者さんが言う通り、この楽曲の歌詞を読み解くのはめちゃくちゃ難しい。


「madoromi」さんを解釈するのが難しい理由に、曲の長さのわりに歌詞が少なく、詩の朗読のような雰囲気を帯びた楽曲なので単純に言葉数が少ない。よって、

・主語が省かれまくってる(歌の歌詞ってだいたいそうだけど)
・主語以外ももろもろ省略が多い

なので、その補い方によってかなり意味合いが違ってくる。(だからこそ奥深いし、人によって解釈が異なるし、読み解くのが楽しい)


そして出てくる登場人物は二人。

"君"と"僕"。

二人の関係や状況をどう捉えるかがポイント。

これらの理由によって「madoromi」さんを解釈するのがどれほど難しいかというのは、ここから先ですぐわかると思うのでとりあえず進んでみよう。


とりあえずまず最初に「微睡み」の意味を調べてからにしようかな。


【微睡み(まどろみ)】
動詞「微睡む」の連用形。または連用形が名詞化したもの。

【微睡む(まどろむ)】
ちょっとの間眠る。仮眠する。


まあ、ちょい寝のことですね。「Kラジまでちょっと寝よー」と呟いていたところを、これからは「Kラジまで微睡もー」と呟きましょう。←


と曲名の意味調べたところで、歌詞に進もう!


※この先、私の脳が思考していく通りにブログが進んでいきますので、途中まで行って「あっ!もしかしてさっきのとこってこういうことじゃね?!」って戻ったりとかします。非常にまどろっこしいというか読みにくいのでご注意を

※「筆者のアホな思考回路に付き合ってやらぁ(苦笑)」、という気持ちで見守ってください…笑

 

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もう難しい。(頭抱)

・朝が迎えにきたのは 誰をなのか。
・船に乗って、の主語は?
・てか「空に浮かべた船」とは。

わからないことだらけである。
「madoromi」さんが驚くほど言葉を省略してる詩的な歌詞の曲かというのがわかっていただけただろうか……

…とりあえず強行突破で進めていこう。


朝が迎えにきたのは"君"のことをだろうか、"僕"のことをだろうか。

「朝」って船乗るかな?!
「空に浮かべた船」って何?!

うーん、たぶん何かの例えだろう。でもなにを表してるのかわかんないね。さっぱりわからん。よって、保留。あとで考えます。

次行こ。笑

 

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ああ難しい…(頭抱)

誰が君を好きなのか。主語省かれてますね。でも、楽曲を通して登場人物は二人しかないので、「(僕が)君を好きなことを忘れないでほしい」ということにしよう。

そしてこれが「別れの場面」だということは言える。「また会えるまで 忘れないで」という言葉が出てくるのは別れのタイミングだろう。問題は、この「別れ」が"どれほどの"別れなのかである。

また明日会えるような別れなのか、もうしばらくは会えないような別れなのか。

「また会えるまで」という表現と、慶ちゃんの憂いを帯びた歌声を考えると、『次いつ会えるのかはわからない』というレベルの別れなのではないかなぁと思う。

「次いつ会えるのかはわからない。でも、僕が君を好きなこと、君のことを好きな人がここに存在していたということは、忘れないでほしい」ということかな。切ねえな。

 

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何が、風に吹かれて見えない場所へ行ったのか。ここがちょー大事だけどちょー難しい。
あと、この部分でだけ"君"がひらがなで"きみ"となっているのは何故だろう…と気になる。

先ほどの流れから行くと、"君"と"僕"は別れなければならないらしい。しかも、もう会えるのかどうかわからないようなレベルのお別れ。

「風に吹かれて見えない場所へ」行ってしまうのは誰のことだろうか。やっぱり"君"かなぁ。

見えない場所へ消えてしまう、旅立ってしまう"君"への最後の願い。

「僕が隣にいなくても、きみはきみのままでいてほしい。」

ここの君はなんでひらがなで"きみ"なのだろうなぁ。

あーわからん。(考察になってない)

 

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まず、「幻」とは何のことか。
何に「グッバイ」と告げているのか。
誰が、なぜ、泣いているのか。


【幻(まぼろし)】
実際にはないのに、あるように見えるもの。また、まもなく消えるはかないもののたとえ。


切ねえええええええ。

切ないゲージが振り切れてますがな。

「幻」が、もうすぐ消えてしまうはかないものを例えているとすれば、それはきっと「"君"と過ごすことができる時間」かな。

「幻が醒めてしまうまで」=「"君"との別れがきてしまうまで」

とすると困るのは、「グッバイ」を伝えている対象である。"君"に言っているとするともう別れる時がきてしまっていることになるが、「幻が醒めてしまうまで」ってことは、"まだ"別れてはいないはず。"君"と一緒に居られる時間はかなり少なくなっているが、ゼロにはなっていない。"まだ"、別れていない。どういうことだ?あと、 「せめて」っていうのも気になる。

何に「グッバイ」って言ってんだろー??

わからん2番行こう。

 

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「時をめくる度に」は「時が経つごとに」だね。何を忘れていってしまうんだろう。

先ほど「幻」=「"君"と過ごすことができる時間」であったことを考えると、時が経つごとに忘れていくものは「"君"と過ごしていた時間」かなぁと思う。

と、なると。

もう別れてるね?!?!

あんれ気がつかない間に"君"と"僕"別れてたぜ。びっくり。

たぶんこの曲での別れは、もう二度と会うことはできないかもしれないような別れだと考察したので、2番に入った時点でもう、"君"と"僕"が会うことはないのかもしれない…

なんか全体的にアバウトだな…ボヤッとしてるな…どういうことだ…うーん…

 

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、、、


筆者ここでようやく気がつきました。

気がつくまで時間かかった。もう2番まできちゃったわ。

 

 

 

もしかして"君"と"僕"って、

 

死別では…?

 

 

 

話が繋がった。

今すごい勢いで繋がっている。

点と点が線になっていく。

筆者感動。

 

感動したので本当は死別じゃないとしても死別にしよう。そうしよう。そうします。

 

※ここから先、筆者の妄想脳がぐんぐん動いていきますもうフルスロットルですあーもう無理だわ着いていけねえと思ったらそっとブログ閉じてください本当にお願いします。

 

 

筆者感動したので、1番に戻りまーす。(まさかのふりだしに戻るである)(すごろくかよ)

 

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・朝が迎えにきたのは 誰をなのか。
・船に乗って、の主語は?
・てか「空に浮かべた船」とは。

↑ちょっと前の自分


「空に浮かべた船」が何を表しているのかというのがやっとわかった。この船はもう地上に戻ってくることはない、人間がいつかは必ず乗ることになる、天へ天へと昇っていくものだ。

ここで改めて問題になるのは、船に乗って旅立った人物が、"どちらなのか"である。

果たして"君"なのか、"僕"なのか。

どちらが見送る側で、どちらが見送られる側なのか。

 

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ある日、決して帰ってくることのない「空に浮かべた 船に乗って」旅立ったのは、

"僕"だ。

これは、見送られる側("僕")から見送る側("君")へ贈る言葉なのだ。


「次いつ会えるのかはわからない。でも、僕が君を好きなこと、君のことを好きな人がここに存在していたということは、忘れないでほしい」

 

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さっきここの歌詞を読んだとき、「見えない場所へ」旅立ってしまうのは"君"なのではないかと書いたが、あれは違った。

「見えない場所へ」行ってしまうのは"僕"だし、何が「見えない場所」なのかがポイント。

("君"のことが)見えない場所へ("僕"が行ってしまっても、)

ということだ。

旅立つ"僕"から、残すことになってしまう"君"への、最期の願いが、

「僕が隣にいなくても、きみはきみのままでいてほしい。」

 

君がひらがなで"きみ"となっている理由だけ、イマイチ確信が持てないというか完全に腑に落ちてるわけじゃないけど、

"僕"が知っているのは"君"で、遠くへ行ってしまうことにより"僕"が知らなくなってしまうのは"きみ"なのかなぁ、という感じ。

 

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いよいよ一番難しいサビについて考える時がきた。すごーく丁寧に見ていきます。頑張れ自分。


「醒める」という動詞になっているのは曲名の「微睡み」と関連しての言葉選びかな。

「幻」と「醒める」って合うのかな?と思ったとき、「醒める」の前につく言葉をパッと考えると、「夢」のほうがしっくりくる気がする。夢が醒める。

「幻」と「夢」の違いはなんだろう。

調べてみたところ、大まかな意味は似ているとのこと。

実際にはないのに、あるように見えるもの。頼りなく儚いもの。ぼんやりしているもの。

こんなニュアンス。

違いをあげるとすれば、
「夢」は、将来への希望という意味合いも含有しており、眠った時にみるものとして使われることが多い。
「幻」は、目覚めている時に見るものであり、視覚的な情報によるものだけと限定されている。

 

【幻(まぼろし)】
実際にはないのに、あるように見えるもの。また、まもなく消えるはかないもののたとえ。


そしてここで考慮しなければならないのが、そのあとに続く言葉が「せめて グッバイ」であること。

 

つまり、
日本語を丁寧に解釈すると こう↓

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(大真面目です←)

「幻が醒めてしまうまでの期間」=「グッバイ」=「別れている期間」

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ということになるので、逆さに考えると

「幻が醒める」=「グッバイじゃなくなる」=「別れていない」=再会?!

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さっきここの歌詞を考えていた段階では、「幻」は「"君"と過ごすことができる時間」だから、「幻が醒めて」しまったら"君"との別れがきてしまう、あぁ切ない、だと思っていたのだが、

 

逆だ。

 

それは何故なのか。

 

「幻が醒める(夢が醒める)」というのはつまり、「目が覚める」ということである。寝てたのが、起きる。

ここで曲名を思い出して欲しい。この曲は、「madoromi(微睡み)」である。

そう、冒頭で調べたように、"僕"はあくまで微睡んでいるだけなのだ。これは仮眠である。(一般的には永眠と捉えるが、"君"と"僕"の間では一時的な仮眠だと捉えている、ということ)(にする)

「さようなら」より「グッバイ」の方が、いい意味で軽い感じがしません?私は個人的にします。「しばしのお別れ」くらいのニュアンス。

 

【せめて】
不満足ながら、これだけは実現させたいという最低限の願望を表す。少なくとも。十分ではないが、これだけでも。

 

せめての意味も加味すると、

「"僕"はちょっと仮眠をとるけど、目が覚めたらまた会おうね。再び目が覚めるまで、そのときまで。せめて届けたいしばしのお別れを伝える言葉、グッバイ」というわけだ。

 

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「涙」を流したのは誰だろう。

次の歌詞との流れも考えると、見送る側("君")の「涙」と考えるのが妥当かなと思う。

ちょっと寝るだけだと言われてもお別れはお別れだし、悲しいし寂しい。"僕"との別れに涙を流す"君"。

"僕"のせいで流れた「涙」、"僕"のために流してくれた「涙」。
それはきっと、"君"が明日(明日だけでなく、今後の人生全ての時間を含んでいるのかもしれない)を生きる力になるだろう。明日を生きる力にしてほしい。

 

そんな、ちょっぴりワガママだけどいじらしい、"僕"の言葉で1番は締めくくりとなる。

おし、この調子で2番へ行こう。

 

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2番ものっけから難しい。
"誰"が、"何"を、忘れていってしまうのか。省かれすぎてて難しいね。

"僕"が、"君"を、忘れてしまうのか。
"君"が、"僕"を、忘れてしまうのか。

 

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"君"と、出会えた。

"僕"にとって、「君と出会えた日」は、時間が経っても「宝物」であるということなのだろうか。


、、、

筆者ここで思いつく。

もちろんこの解釈でも進むことはできると思うんだけど、少し視点を変えてみたらもっと面白く、より楽曲の世界観を興味深く考察できるかも、と。


2番の歌詞を、"君"目線と捉えることも可能なのではないか…?

見送る側("君")から見送られる側("僕")へ送るメッセージ(ある意味1番への返信)と捉えることも可能なのではないか…?

なにそれめっちゃ気になる考えたい…!ので、実際の意味や皆さんの解釈とますます離れてしまうことも覚悟で、視点交代で進めていくことにします。(勝手)


※筆者もうひと妄想かまします。覚悟してお付き合いください。
↑これ言えばもう許されると思ってる←


ところでみなさん大丈夫ですか。飽きてませんか。私ちょっと飽きてますがみなさんは大丈夫ですか。笑

ここまで読んでくださってる方がいるかどうかすら心配になってきてる。笑


おし!頑張ろう!o(`ω´ )o


では改めて、2番行きます。

 

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「時をめくる度に」は「時が経つごとに」だ。

"僕"が「空に浮かべた船」に乗って旅立ってしまい、「グッバイ」と別れを告げ微睡み始めて(仮眠を取り始めて)から、時が経った。

"月日が過ぎる"ということは虚しく、どんなに覚えていようとしても、少しずつ少しずつ、物事を忘れていってしまう。

"僕"との時間、"僕"との思い出、"僕"についての記憶を、"君"は徐々に忘れていってしまうのだろう。

 

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ここ。ここが少しややこしい。
私が無駄にややこしくしたんだけども。


現在筆者のワガママにより2番を"君"目線と捉えて進んでいるので、
この部分の歌詞での「君と出会えた日」の「君」は、今までずっと解説の中で出てきた"僕"と同一人物となる。

"君"目線で発せられる、第二人称「君」。"君"から見て相手と捉えられるのは、登場人物で言うと"僕"である。


、、、伝わりますかね?
もーう、めんどくさくして申し訳ない。

つまり、ここの歌詞は
"君"(見送る側)が、"僕"(見送られる側)と出会った日のことを思いだし、あの思い出は「宝物」のようだ、と言っているわけだ。

さらに噛み砕くと、

「"僕"と別れてから少し時間が経って、忘れていくこともあるけれど、ふたりが出会った日のことはずっと『宝物」のように大切にして覚えているよ。」

というメッセージ。

 

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"君"の目線で発せられる「悲しみ」とは、"僕"との別れによるものだと考えるのが一番妥当だろう。

"僕"との別れを悲しむ"君"。その悲しみも「星に紛れて」いく。
「星」は光っているものであり、それに紛れた「悲しみ」もまた、微かでも光を放つ存在に、「新しい世界を照らす」存在になったということだ。

「悲しみ」が「新しい世界を照らす明かり」になるってどういうこと…?と思うかもしれないけれど。

「悲しみ」を経験したことがあるからこそ、その後「喜び」に出会った時により一層「嬉しい」「幸せだ」と感じることがことができる。そういったプラスの感情が多い世界は、きっと照らされて明るい。ということかなと思う。


「新しい世界」とはきっと、今後"君"が生きていかなければならない、"僕"がいない世界のことだ。

"僕"がいない世界を照らすのは、"僕"との思い出が徐々に風化していく「悲しみ」。

「いつか」と言っているので今はまだそこまで前向きに考えられているわけではないかもしれないけれど、

「"僕"がいなくなった世界でも、悲観してばかりいるのではなく、目の前の"喜び"を照らしながら、生きていくよ。」


切ない。切なすぎる。スギルセツナ。

 

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1番のサビと一言一句同じ。

「"僕"が仮眠をとっているけど、お互い目が覚めたらまた会おうね。それまで、グッバイ」

そして、また会うためには"君"も一度仮眠をとって再度目覚める必要があるだろう。次に二人が会うのはきっと、空の上だから。

もしかしたら"僕"も、この別れによって「涙」を流しているのかもしれない。
お互いの「涙」が、今後も続いていくお互いの未来を前向きに明るく生きる力になってほしい。


"僕"が"君"に伝えたいことと、"君"が"僕"に伝えたいことが同じだなんて、素敵。

お互いがお互いを想う優しさを、1番と一言一句同じであるサビの歌詞から感じることができる。

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微睡み始めた"僕"とそれを見送る"君"。

別れを経験した2人は悲しみに打ちひしがれながらもしっかりと前を向き、再び会える日までお互いを想いながら精一杯生きることを誓う、そんな"強さ"を感じた。


楽曲を最後まで見てきて、気がついたことがある。

この楽曲の歌詞には、登場する二人の関係性がわかる決定的な表現がない。

よって、"僕"と"君"がどんな関係性なのか、受け手が想像できる。

"僕"と"君"が、お互いを異性として恋い慕う関係である必要はないのだ。同性でもなんの問題もない。親子でもいいし、恩師と弟子でもいい。


そう、

これは、"愛する大切な人との別れ"を描いた楽曲なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと最後まで終わったー!

戻りまくったせいで長かったー!

頑張ったー!

 

私も頑張ったけどここまで読んでくださった方も頑張ったー!

お疲れ様ー!ありがとうー!


大好きな楽曲だからこそ、丁寧に丁寧に読み解きたかったのでこんな大長文になったわけだけど、いやぁー、丁寧過ぎたね。笑

 


作詞/作曲をされたKacoさんに敬意を込めて .。.:*☆